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ルーキー酒井 詳細プロフィール年齢や嫁は?沖ヒカルを正座させて説教!!

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こんにちは@PERORIN02です。

今回はパチンコパチスロライター業界の兄貴分的存在のルーキー酒井さんについて書いていきます。

あまり語られる事のない経歴や人物像など詳しくご紹介しますので、お付き合いよろしくお願いします。

 




 

ルーキー酒井プロフィール・パチスロ必勝ガイド創刊のキッカケ?

 

 

ライター名 ルーキー酒井
生年月日 1968年11月18日 49歳 2018年6月現在
出身 石川県小松市
本名 酒井達弘
所属 フリーランス

 

ルーキー酒井さんは地元の石川県で美容院のインターンをしていたそうですが1日14時間勤務で月に5日しか休みが無く、給料も月に4万5000円という過酷な生活をしていたとの事。

その4万5000円の中から食費などを徴収され手元には2万5000円しか残らず先が見えない事から学科のみ取って辞めたようです。

お金が無いので、この頃からパチスロ覚えお金を得ていたそうです。当時は雑誌も殆ど無く仲間内で攻略法を見つけ稼いでいたようですが、パチスロを打ってお金だけを得る行為が嫌になり、稼いだお金を持って上京します。

東京では専門学校で簿記2級の資格を取得されたようです。

専門学校に通いながら歌舞伎町でアルバイトをして生計を立てていたとの事。

ある日、山手線に乗って、たまたま降りた高田馬場でパチンコ店に入り景品交換所で交換しようと並んでいると、後ろから成澤さん(元白夜書房編集長)に声を掛けられ、酒井さんのこれまでの経緯などを話すと「今度13時間デスマッチに対戦相手として出てくれない?今から編集部に来ない?」と言われ編集部に付いて行きます。

しかし、酒井さんは成澤さんの事をホモだと思い、何かしてきたら殴ってやろうと拳を握りながら編集部まで行ったんだとか…笑

そこで末井昭さんともで会われたようです。

編集部で13時間デスマッチの話をしますがパチンコでの対戦という事でパチスロをメインにやっていた酒井さんは断りますが連絡先などを教えて帰ったようです。

その一週間後、成澤さんから電話があり「酒井君パチスロ得意だって事なので今度パチスロ必勝ガイド作る事になったから、よろしくね」という軽いノリで誘われます。

少し大げさに言えば酒井さんがパチスロ必勝ガイドを作るキッカケになったとも言えますね。

データ取りの手伝いや初回の13時間デスマッチに参加しますが、この頃はまだ専門学校に通っていたのでパチスロ必勝ガイドに所属はしていなかったようです。

その後専門学校の2年になり就職先も決まりますが、また成澤さんから連絡があり「アルバイトからだけどウチで働かない?」と言われ、縁あってこういう風に誘ってもらったのだから、その縁を大事にしようと思い白夜書房に入る事を決めます。

お父様が銀行員で堅い性格の方だったようですがお兄さんも酒井さんの力になってくれたようで何とか説得できたようです。

就職が内定していた会社に断りを入れて白夜書房のアルバイトとしてスタートします。

 

パチスロ必勝ガイド・ライター名の由来

 

白夜書房で働き始めた酒井さんですが、入る前から期待の新人が入ってくると話題になっていたようで、その事からゲッツ板谷さん【ルーキ酒井】とライター名を命名してくれたとの事。

入って半月ほど手伝いをしていたそうですが、その後はページを任されノウハウも無い中、見様見真似でやっていたようです。

酒井さんは才能があったらしく厳しく指導され鍛えられます。

何度も何度もやり直しさせられ嫌がらせじゃないかと思う事もあったそうですが、2.3年経った時に自分で考えてやりなさいという事を教えてくれたんだなと感じたようです。

やはり、どの世界でも才能がある人ほど厳しく指導されるんですね。

 

後輩 沖ヒカル

 

酒井さんの直属の部下と言っていい人物がこちらも大御所の沖ヒカルさんです。

酒井さん曰く、沖は才能があったので一番厳しく指導したとおっしゃってました。

入社1年目の沖さんが91時間バトルで沖縄に行った際、飛行機の中や現地ではしゃいでいたらしく夜中にホテルのロビーに呼び出し沖さんを2時間正座させて説教した事もあるんだとか。「仕事で来てるんだから編集のお前はちゃんとやれ」と言ったそうです。

沖さんがはしゃぐなんて今では逆に貴重でしょうね。

沖さん曰く、酒井さんは場の雰囲気を悪くしたくないので、その場で怒鳴ったりせず、後で個人的に呼び出して説教するそうですよ。暴力も振るわれた事はないとおっしゃってました。

酒井さんが厳しく指導されたように期待されていた沖さんも厳しく指導されたんですね。

沖さんは編集のセンスが抜群だったようですが、人と同じような事をするのではなく、もっと広い視野を持ち自由に作れという事教えたそうです。沖さんもその言葉を今でも覚えているし尊敬する先輩だとおっしゃってました。

 

酒井さんは自身の才能と努力によりパチスロ必勝ガイドの副編集長にまで昇り詰めます。

DDT打法の命名や個性派ライターを発掘し育てパチスロ必勝ガイドの知名度を飛躍的に上げていきます。

そんな中、1995年に木村魚拓さんういちさんが面接に来ますが、この時既にパチスロ必勝ガイドの編集長を辞める事が決まっていたそうです。

辞める事を伝えた際は、末井さんに「酒井君がいなくなると困る」と言われたり、多くの方から慰留されたそうですが「俺がいなくなっても内池(沖ヒカル)がいるから大丈夫です」と伝え周りを納得させたみたいですよ。

その後、副編集長になった沖ヒカルさんはコンビニで売っている全ての雑誌の中で1位を獲得するなどパチスロ必勝ガイドが1番売れていた時期を支えますが、昼間から沖スロを打ちたいという理由で副編集長を辞めてしまいます…笑

 

プロダクション設立・ガイドを辞めた理由

 

パチスロ必勝ガイドを辞めた酒井さんは1996年に自身の編集プロダクションを設立し『激爆パチスロ王』を創刊します。

これは酒井さん発信ではなく先に辞められたハトポッポ小泉さんが雑誌を作るから手伝ってくれと頼んできた事が発端のようです。

その後、諸事情があり雑誌を辞め様々なお手伝いをされますが、その手伝いの中には必勝本にパチスロ雑誌の作り方を教えるというものも含まれていたようです。元必勝ガイドの人間が必勝本にパチスロ雑誌のノウハウを教えるというのはタブーなのか、そうでないかは分かりませんが当時この事実を教えたのは愛弟子でもある沖さんだけだったそうですよ。

この間もパチスロを打っていましたが雑誌を見てみると読者に分かりずらいものが多く、もっと読者に優しい雑誌を作ろうと激爆パチスロ王を出版していた古巣の立風書房と協力し『パチスロ王』という雑誌を創刊します。

この雑誌は少人数で作っていた為、酒井さんも忙しく、沖さんに手伝ってくれないかとお願いした事もあるそうです。またライターをやりたくて一度ガイドを辞めたういちさんが働かせてくださいと頼みに来た事もあるんだとか。酒井さんはOKしてくれたそうで、その事をガイドに伝えると「どうせライターやるならウチでやればいいんじゃない?」と言われガイドに出戻りしたみたいです。何かういちさんらしいですね…笑

ういちさんは確かパチスロ機作りに誘われて辞めた事もあったような気がします。

その後、また新たに『必勝パチスロ虎の巻』を創刊し奮闘しますが、多くの制作者は激爆パチスロ王を出版していた古巣の立風書房と二重契約しており、これが問題となって大量離脱。

競合雑誌の後塵を拝すなどし2008年に休刊となります。

パチスロ必勝ガイドを辞めて直ぐに雑誌を立ち上げているので、それが辞めた理由だと解釈するのが普通だと思いますが辞めた理由は別のところにあったようです。

とある記事でメーカーを怒らせてしまい末井さんと二人で謝罪に出向き許してもらいますが、その後、済んだ話を蒸し返され理不尽な事を言われたりして、やってられない、これなら自分のやった事は自分で責任を取れる環境でやったほうがいいと考え独立に気持ちが動いたとの事。

後にこの一件がなければ今でもガイドに居た可能性はあるとおっしゃってました。

酒井さんがガイド辞める事が決まった時には漫画家の西原理恵子さんがパチスロ必勝ガイドに『酒井君物語』という漫画をノーギャラで書いてくれたそうです。

西原理恵子という名前を聞いてピンとこない方もいるでしょうが、数多くの賞を受賞されています。バツイチですが現在のパートナーは高須クリニック東京院院長の高須克弥。事実婚のようですね。

 

その後の活動・主な出演番組

 

雑誌作りに一旦区切りをつけた酒井さんはパチンコパチスロ雑誌のページを担当したり大ファンであるプロ野球の阪神タイガースの漫画を描いたりします。

編集だけでやっていくのは厳しい時代になったとおっしゃってました。

現在では自ら番組に出演したり、企画をしたりと幅広く活躍されています。

2012年にはNPO法人セブンスピリットを立ち上げ理事として活動されています。

この団体は非営利団体で貧困などによって学ぶ事ができなかったり、遊ぶ事ができない子供たちを救う為の環境作りをしていく団体のようです。

ガル憎さんも他の非営利団体に所属してらっしゃいますよね。酒井さんとガル憎さんは関係は特殊というか、酒井さんがいなければガル憎さんはこの業界にいなかったと言っても過言ではないかもしれません。

 

主な出演番組

 

・サイトセブンTV麻雀最強決定戦七雀

・回胴本舗酒井です。

 

文章の上手いライター

 

酒井さんから見て一番文章が上手いと思うのが木村魚拓さんのようで、真っ先に名前が挙がりました。文章に対して真面目で純粋に面白いそうです。これは殆どの人が納得でしょう。

人間味があって人物像が浮かんでくるのが田中さんだそうです。クズ田中と書いた方が伝わるかもしれませんね。田中さんは、こちらもライティングに定評があるマリブ鈴木さんが尊敬している人ですし業界内での評価が凄く高いんですよね。

そして考えて書いてるなと思うのがグレート巨砲さんだとおっしゃってました。グレート巨砲さんも雑誌Numberで記事を書いた経験がありますし文章力には定評のある方ですね。文章をまともに書けない人と女性ライターを異常に毛嫌いしている事でも有名です。

楽しそうに書いているなと思うのがパチスロ必勝本の嵐さんのようです。確かに嵐さんの文章は上手いというより性格がそのまま出ているなという印象はありますね。

幅広く活躍されてる酒井さんですが、どんな状況になっても文章を書くという仕事だけはずっとやっていたいとの事。やはり書くという事に対しては拘りがあるんでしょうね。

 

結婚・性格や趣味

 

酒井さんは見た目通り昔はかなりヤンチャで腕っぷしも強く酒豪だったそうです。

しかし、結婚して娘さんが生まれてからは何かあったら家族に迷惑が掛かるという事で頭に来ることがあっても我慢できるようになったとの事。

ちなみに2009年5月10日に六本木ヒルズで結婚式を挙げたようです。

ガル憎さんのブログに当時の写真がありました。画質が悪くて見えづらいですけど美人な奥様ですね。ガルブログ

娘さんも可愛らしいですね。

 

お酒の方も現在はかなり弱くなられたようで次の日の朝が早いと先に帰宅しようとする事が多いんだとか。

しかし、木村さんには酒井さんを帰らせない奥の手があるようで酒井さんが帰ろうとした時に「お疲れ様です…ひよってんすね。。」と言うと酒井さんは怒り気味に「はぁ?じゃいるよ!!」と言って酒の席に戻ってくるそうです。

情景が目に浮かびますね…笑

男らしいというか子供っぽいというか酒井さんらしいなと思います。

男らしい繋がりでパチスロ必勝本の射駒タケシさんとも仲が良いですね。性格が合うそうですよ。

 

酒井さんは見た目からして身体が強そうですが沖さんや木村さん曰く、繊細でしょっちゅう体調を崩し病院に行っているイメージがあるそうです。意外ですね。

でも性格は繊細だなと思う部分は結構あります。麻雀のスタイルも振り込みを凄く嫌う感じで守備重視派ですし、野球で阪神が負けると不機嫌になるみたいなので結構小心者の部分もあるのかもしれませんね。

沖さんの彼女であるビワコさんが大の巨人ファンですがペナントレース中は阪神ファンの酒井さんとは喋らないとおしゃってました。

 

Twitter・ブログ

 

ルーキー酒井さんについて書いてきましたが、いかがだったでしょうか?

パチンコ店の景品交換所で出会いからパチスロ必勝ガイドが出来て、そこに所属する事になり、副編集長にまで昇り詰めるという運とか縁という言葉を強く感じる人生だなと思います。

その後、新しい雑誌を創刊したり幅広く活躍されていますが、書く事に対する拘りやプライドを未だに持ち続けているところがカッコいいなと思います。

大御所になられた木村魚拓さんでさえ、業界で会って緊張するのは酒井さんとおっしゃっているので、多くの方から尊敬されているし良い意味で怖い人(厳しい人)と思われているのでしょう。

今後も業界の兄貴分として活躍していただきたいですね。

Twitter:@rookie_sakai

ブログ:回胴酒井塾

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